「情報収集していたつもりが、いつの間にか疲れてしまう」──
その原因は、SNSが、怒り・断罪・対立を“おすすめ”しやすい仕組みで動いているためです。
そんなSNSと向き合う心構えは、意外なことにインターネット黎明期に編み出されていたのかもしれません。
SNS疲れの正体、おすすめ(サジェスト)機能
本来は便利な情報ツールだったはずなのに、おすすめタイムラインには、
- 怒り
- 嘲笑
- 誰かへの断罪
- 異論への攻撃
といった“リプの応酬”が多くなっていませんか?
その背景には、
- アルゴリズムが生む意見の偏り(エコーチェンバー)
- 意見の対立を「活発なコンテンツ」としてアルゴリズムが評価
この2つが絡み合い、タイムラインを汚染していきます。
エコーチェンバー ─ “類は友を呼ぶ”を強制する仕組み
SNSのアルゴリズムは、「いいね」や閲覧履歴から「あなたはこういう主張が好きだ」と判断し、似た投稿を延々とおすすめに送り続けます。
これが エコーチェンバーという状態を生みます。
心地よい反面、次のような錯覚を生みます。
「これが世の中の総意なんだ」
さらに集団の中では、世界や価値観が均質化し、“反対意見は脊髄反射で排除”するだけの状態に陥りがちです。
危険なサジェスト ─ アルゴリズムは“怒りが大好物”
SNSで最も伸びやすいのは建設的な議論ではなく、反応(エンゲージメント)を狙った過激・炎上・対立です。
- 刺激的な投稿 → 反応が付きやすい
- 何かを強く批判する投稿 → 事実なら対象が、虚偽なら発信者が炎上しやすい
- 感情的で対立を生む投稿 → 同情と反対意見とで対立しやすい
このような投稿がバンバン流れてくるのは、反応が良く、滞在時間も長く、団結しやすいからです。
怒りの感情は自分ではコントロールが難しく、他者からコントロールされやすい。そして行動(発言)させるには十分なエネルギーを持っています。
結果、私たちは“対立を前提としたタイムライン”の中で疲弊していきます。
トロールの存在 ─ 分断を楽しむ“愉快犯”
エコーチェンバーが強まるほど、そこには“敵”が必要になります。
そんな時に現れるのが、議論をする気のない“愉快犯(トロール)”。
彼らは、
- わざと刺激的な言葉を投げる
- 怒らせるための投稿を繰り返す
- 炎上による反応を楽しむ
といった行動を取り、真面目な人ほどつい反応してしまいます。
その反応が増えるほど、アルゴリズムはこう判断します。
「これは最高のコンテンツだ!」
こうしてタイムラインは、怒りと対立を中心に再構成され、広告でマネタイズされていくのです。
Xの「所在地表示」機能が暴いた“作られた人格”
2025年11月、X(旧Twitter)はプロフィールの「このアカウントについて(About This Account)」に、拠点地域を表示する新機能を追加しました。
これにより、過激な主張を繰り返すアカウントを見てみると…
- 海外セレブ風の生活を投稿しているのに、なぜか所在地が日本
- 国士気取りの政権批判者が海外拠点になっている
- 悪質な“SNS用の人格”でロールプレイをしている
といった状況が明らかになりました。
つまり、一部の主張は、アルゴリズムが育てた“ペルソナ(仮面)の人格”にすぎないということです。

インターネット老人会の“古の教え”がなぜ最強なのか
SNSの罠から身を守るには、むしろインターネット黎明期の教えが役に立ちます。
規制が緩かったから時代ゆえに、見えない相手とのコミュニケーションの「心構え」は確立されていたといっても過言ではありません。
教え①:「便所の落書きを真に受けるな」
昔の掲示板は罵詈雑言が飛び交う、非常に無責任な場所でしたが、誰もそれを“社会の総意”だとは思っていませんでした。
いまのSNSも、公式マークがついたりUIが綺麗になっただけで本質は同じ。
「まあ、便所の落書きだし」と唱えるだけで気が楽になります。
教え②:「チラシの裏にでも書いてろ」
どうでもいい不満や妄想は「チラシの裏」に書くもの。
SNSはその「裏側」を全世界に向けて公開できる場所になっただけです。
他人の吐き出しに、全力で向き合う必要はありません。
教え③:「半年ROMれ(=即レスするな)」
昔の掲示板は「半年は書きこむな」という暗黙のルールがありました。
場の空気が読めない新参者は、書き込まずに見るだけにしろ、というものです。
現代風に置き換えるなら、“刺激的な投稿に即反応しない”こと。
怒りを感じた投稿こそ、危険なサジェストである可能性が高いのです。
SNS疲れから自由になるために
反応しそうになったら10秒待つ
怒りを誘う投稿は、冷静さを取り戻してから事実を一次ソースで確認しましょう。
悪質な切り抜きであるパターンが非常に多いです。
タイムラインを“掃除”する
過激な投稿主は
- ミュート
- ブロック
- おすすめ非表示
これだけでタイムラインは劇的に穏やかになります。
あえて観察するなら乗せられないようにしましょう。
SNSの“世界の尺度”を疑う
大声は少数(ノイジー・マイノリティ)。落書きは落書き。
現実の世界はもっと静かで穏やかです。
まとめ
SNSを真に受けないこと。それが最強の防御策。
私たちの怒りや不安の多くは、アルゴリズムが作り出した“偽の現実”に過ぎません。
近年の現実がSNS上の主張に引っ張られている状態も、「これは異常だ」と気づく人が増えつつあると感じます。
もちろん、自己主張の場も言論の自由も必要です。ただ、それを受け取る側のリテラシーが伴わないと、情報は凶器にもなりうる。これがSNSの怖さです。
SNSの熱狂に飲み込まれず、一歩引いた位置から眺めること。それだけで、心は驚くほどラクになります。
──とはいえ、この投稿もネットの片隅に流れる「チラ裏」にすぎません。
うまく“受け流す力”の練習台にでもしていただければ幸いです。



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