2010年に日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が打ち上げた金星探査機「あかつき」は、幾多の困難を乗り越えながら、金星の大気や気象現象について多くの成果を上げてきました。
この手の探査機は、打ち上げ時こそ大々的に報じられるものの、気づいたら運用が終わっていた…なんてことも少なくありません。
そこで今回は、あかつきのミッション概要から観測機器、そして得られた主な成果を調べたので紹介します。

出展:宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所
あかつきのミッション概要
「あかつき」(英名:Akatsuki)は、日本初の金星探査機で、主に金星の気象現象の解明を目的として設計されました。2010年5月21日にH-IIAロケットで打ち上げられましたが、同年12月の金星軌道投入には失敗。しかし5年後の2015年12月、軌道投入に再挑戦し奇跡的に成功を収めました。
その後は金星を約10日で一周する楕円軌道を周回しながら、大気の構造や風、雲の動きなど、さまざまな現象を多角的に観測してきました。
観測機器の詳細
「あかつき」には5つのカメラと1つの発振器が搭載されており、各装置が異なる波長の光を利用して金星の大気を立体的に捉えます。
1. 紫外イメージャ(UVI)
紫外線(283nmと365nm)を使って金星の上層雲を撮影するカメラ。大気中に存在する正体不明の紫外線吸収物質の分布を可視化し、金星のエネルギー収支や気象メカニズムの解明に貢献しています。風の観測にも用いられ、雲の動きを追う「雲追跡法」に活用されています。
2. 中間赤外カメラ(IR1)
近赤外線(0.9〜1.01μm)で日中側の金星を観測。雲の厚さや温度、地表からの熱放射を捉えることができ、火山活動の兆候を調べる研究にも使用されています。
3. 熱赤外カメラ(IR2)
赤外線(1.73〜2.32μm)を使い、夜側の金星を観測。雲の下の温度や構造を“透かし見る”ことが可能で、これまで見えなかった夜間の大気構造の解明に貢献しました。金星のジェット気流の発見にも、この装置が使われました。
4. 長波長赤外カメラ(LIR)
波長10μm帯の熱赤外線を用いて、金星全体の温度分布を観測。昼夜問わず利用でき、金星上空に出現する巨大な定在波(弓状構造)など、注目すべき現象の発見に貢献しました。
5. 雷・大気光カメラ(LAC)
高感度の可視光カメラで、金星の雷や夜光の検出を試みました。軌道が当初の予定よりも長楕円になったことで十分な観測とはなりませんでしたが、2020年には雷を思わせる発光が記録されました。
6. 超安定発振器(USO)
高精度の周波数を保つ発振器で、金星の大気を電波が通過する時間差(掩蔽観測)を測定し、大気の温度・圧力・密度の高度分布を導出することが可能です。日本の探査機では初の本格導入です。
主な観測成果
1. スーパーローテーションの観測
金星の大気は、地表の自転よりも速く回転する「スーパーローテーション」と呼ばれる現象を持っています。あかつきの観測により、その詳細な風速分布が明らかになりました。
- 赤道付近で秒速90〜120mの風が観測され、極に近づくほどやや遅くなる
- 上層・下層の大気で風向や風速が異なり、複雑な大気構造を示唆
また、スーパーローテーションが季節や時間によって変動していることも確認されました。これは金星の気象が予想以上に動的であることを示しています。
2. ジェット気流の発見
赤外線カメラ(IR2)による観測で、金星の中・下層雲(高度約45〜60km)に、赤道付近を中心とした高速なジェット気流が存在することが明らかになりました。
この「赤道ジェット」は、これまでの観測では確認されておらず、金星の大気循環における新たな発見となりました。
この現象は、金星のスーパーローテーションの形成メカニズムを解明する上で、重要な手がかりとなると考えられています。
今後の研究により、この赤道ジェットの発生メカニズムや、金星の大気循環への影響がさらに明らかになることが期待されています。
3. 弓状の巨大構造(定在波)の発見
金星の雲頂(高度約65〜70km)に南北約1万kmにわたる巨大な弓状の模様が発見されました。この構造は、秒速約100mの高速の東風に流されることなく、特定の位置に留まり続ける「定在波」として観測されました。
この弓状構造の中心直下には、標高約5kmのアフロディーテ大陸が位置しており、地形の影響が示唆されました。数値シミュレーションの結果、下層大気の乱れが「重力波」として上空に伝播し、雲頂付近で弓状の温度模様を形成することが明らかになりました。
現在のあかつき
2024年4月、JAXAは「あかつき」との通信が途絶したと発表しました。定常運用は終了したものの、現在も通信の回復に向けて、復旧運用が継続されています。
打ち上げからは14年、金星軌道投入成功後の運用期間は8年以上に及び、当初の設計寿命を大きく上回る成果を上げました。
収集された観測データは今も分析が続けられており、金星の大気や気象の理解において非常に貴重な資産となっています。日本の宇宙探査に確かな実績を刻んだ「あかつき」の成果は、今後の金星ミッションに確実につながっていくでしょう。
参考リンク
- JAXA 金星探査機「あかつき」公式サイト:https://akatsuki.isas.jaxa.jp/
- 宇宙科学研究所 あかつき:https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/current/akatsuki.html
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