【あの日の出来事】過去の9月1日から9月10日【そのとき何してた?】

ページに広告が含まれる場合があります

過去のこの期間、世の中では何が起きていたのでしょうか?20年前・15年前・10年前・5年前の出来事を振り返ってみます。日々のニュースと照らし合わせることで、過去の出来事が現在にどのようにつながっているのかを振り返ります。


2006年(平成18年)9月1日~9月10日の出来事

【国際】盗難されたムンクの「叫び」「マドンナ」を発見

日本時間の2006年8月31日深夜、ノルウェー警察は、2年前にオスロのムンク美術館から盗まれていたエドヴァルド・ムンクの名画「叫び」と「マドンナ」を発見・回収したと発表しました。世界的に有名な2作品の突然の帰還は、ノルウェーだけでなく世界中で大きなニュースとなりました。

事件が起きたのは2004年8月22日です。ムンク美術館の開館中、覆面をした武装した男たちが館内に侵入し、展示されていた「叫び」と「マドンナ」を壁から取り外して持ち去りました。白昼堂々、来館者がいる中で発生した大胆な犯行だったため、ノルウェー社会に大きな衝撃を与えました。

その後、警察による捜査が続けられ、事件から約2年後の2006年8月31日に2作品が回収。警察は具体的な発見場所や方法について詳しく明らかにしませんでしたが、2作品とも本物であることを確認し、状態についても「予想していたより良好」と説明しています。

「叫び」はムンクを代表する作品で、人間の不安や恐怖を象徴するような人物が描かれています。一方の「マドンナ」も、ムンクの芸術を代表する重要な作品です。2作品の回収によって、ノルウェーを代表する美術品が再び人々の前に戻ることになりました。

なお、オスロ市は事件解決につながる情報提供に200万ノルウェー・クローネの賞金を設定していましたが、警察自身が作品を発見したため、この賞金は支払われませんでした。

ムンク美術館 – Wikipedia

【国内】悠仁親王ご誕生――41年ぶりの男子皇族

2006年9月6日、秋篠宮ご夫妻の長男として、悠仁親王(ひさひとしんのう)が誕生されました。皇室に男子が誕生するのは、1965年に秋篠宮さまが誕生されて以来、実に41年ぶりのことでした。皇位継承資格を持つ男子皇族の誕生ということもあり、日本中から大きな注目を集めました。

紀子さまは当時39歳で、東京都港区の愛育病院で午前8時27分に出産されました。胎盤の一部が子宮口をふさぐ「部分前置胎盤」と診断されていたため、予定日より約20日早い帝王切開による出産となりました。悠仁さまは体重2558グラム、母子ともに健康と発表されています。

お名前の「悠仁(ひさひと)」には、「ゆったりとした気持ちで長く久しく人生を歩んでほしい」という願いが込められました。また、お印には「高野槇(こうやまき)」が選ばれています。高野槇は日本固有の常緑樹で、まっすぐ大きく成長する姿にちなんだものとされています。

当時は皇位継承のあり方をめぐる議論が続いていた時期でもあり、悠仁さまの誕生は皇室の将来を考えるうえでも大きな出来事となりました。41年ぶりに誕生した男子皇族として、その誕生は2006年を代表するニュースの一つとして記憶されています。

悠仁親王 – Wikipedia

2011年(平成23年)9月1日~9月10日の出来事

【国内】台風12号が高知県に上陸、紀伊半島で大水害

2011年9月3日、大型で動きの遅い台風12号が高知県東部に上陸しました。その後、台風は四国から中国地方を進み、同日18時過ぎには岡山県南部にも再上陸しました。台風そのものの進路だけでなく、長時間にわたって大量の湿った空気が流れ込んだことで、西日本を中心に記録的な大雨となりました。

特に大きな被害を受けたのが紀伊半島です。和歌山県、奈良県、三重県を中心に猛烈な雨が降り続き、河川の氾濫や浸水、土砂災害が相次ぎました。紀伊半島では8月30日から9月5日までの総降水量が広い範囲で1,000ミリを超え、一部では2,000ミリを超える記録的な雨量となりました。奈良県上北山村では総降水量1,800ミリを超える雨が観測されています。

この豪雨によって、山間部では大規模な土砂崩れが発生し、多くの集落が孤立するなど深刻な被害が発生しました。最終的な被害は、全国で死者82人、行方不明者16人、負傷者113人に上り、住宅の全壊379棟、床上浸水5,500棟、床下浸水16,594棟などの被害が確認されています。

この災害は「紀伊半島豪雨」や「紀伊半島大水害」などと呼ばれ、2011年に発生した大規模な風水害の一つとして記録されています。東日本大震災から半年足らずという時期に発生した大災害でもあり、日本の防災や土砂災害への警戒の重要性を改めて認識させる出来事となりました。

平成23年台風第12号 – Wikipedia

【国内】全日空140便が急降下、機体が一時ほぼ背面飛行に

2011年9月6日、那覇空港から羽田空港へ向かっていた全日空140便が、静岡県沖の上空で突然、機体が大きく傾いて急降下するトラブルに見舞われました。航空事故につながるおそれのある「重大インシデント」として、運輸安全委員会による調査が行われました。

トラブルが発生したのは午後10時49分ごろ。ボーイング737-700型機は高度約1万2500メートルを飛行していました。当時、トイレから戻った機長を操縦室に入れるため、副操縦士がドアのロックを解除するスイッチを操作しようとしたところ、誤って方向舵を調整する「ラダートリムコントロール」を操作してしまいました。

その結果、機体は左方向に大きく傾き、ほぼ背面飛行に近い状態となりました。約30秒間にわたって約1,900メートルも急降下し、機内は非常に危険な状態となりました。最終的には機体を立て直すことに成功し、羽田空港へ無事に着陸しました。

この便には乗客112人と乗員5人の計117人が搭乗しており、幸い死亡者はありませんでしたが、客室乗務員2人が軽傷を負いました。機体にも損壊はありませんでした。

その後の運輸安全委員会の調査では、副操縦士によるスイッチの誤操作に加え、異常姿勢からの回復操作にも問題があったとされています。高度1万メートルを超える上空で、旅客機が一時的に制御を失いかけたこの出来事は、航空機の操縦におけるヒューマンエラー対策の重要性を改めて浮き彫りにしました。

全日空140便急降下事故 – Wikipedia

2016年(平成28年)9月1日~9月10日の出来事

【国内】藤井聡太、史上最年少でプロ棋士入りを決める

2016年9月3日、当時14歳だった藤井聡太三段が、将棋のプロ棋士になることを決めました。東京都の将棋会館で行われた第59回奨励会三段リーグの最終局で西山朋佳三段に勝利し、13勝5敗でリーグ1位となったことで、四段への昇段が決定しました。

藤井三段はこの時点で14歳2か月。正式な四段昇段は10月1日付でしたが、プロ入りが決まった時点で、1954年に加藤一二三九段が記録した「14歳7か月」という史上最年少プロ棋士記録を62年ぶりに更新することが確定しました。

さらに、藤井新四段は加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明に続く史上5人目の中学生棋士となりました。小学生の頃から将棋の才能を発揮し、中学1年生の13歳2か月で史上最年少の三段に昇段していた藤井は、プロへの最終関門ともいえる三段リーグも1期で突破することになりました。

この時点では、まだ後に社会現象となる「29連勝」や数々のタイトル獲得は始まっていません。しかし、わずか14歳の少年が62年間破られなかった記録を更新したことで、将棋界に新たなスターが誕生した瞬間でした。

そして約3か月後の12月24日、藤井四段はプロ棋士としての公式戦デビューを迎えます。その対戦相手は、奇しくも62年前まで最年少記録を保持していた加藤一二三九段でした。

藤井聡太 – Wikipedia

【国際】北朝鮮が5回目の核実験を実施

2016年9月9日、北朝鮮で大規模な人工地震とみられる揺れが観測され、北朝鮮は同日、核実験を実施したと発表しました。北朝鮮による核実験は、同年1月に続いてこの年2回目で、2006年以降では5回目となりました。

この日は北朝鮮の建国記念日にあたり、日本時間の午前9時30分ごろ、北東部・豊渓里(プンゲリ)の核実験場付近で地震波が観測されました。日本の気象庁は発生時刻を9時29分57秒、深さ0km、マグニチュード5.3と推定し、通常の自然地震とは異なる可能性があると発表しました。

国際的な核実験監視網を運用する包括的核実験禁止条約機関も、同じ地域で通常とは異なる地震波を検知しました。最初の解析ではマグニチュード5.0程度とされ、その後5.1に修正されています。北朝鮮が核実験を発表したことで、この地震波が核実験によるものだと確認されました。

北朝鮮は声明で、今回の実験によって核兵器の小型化・軽量化などが進んだと主張しました。一方、日本や米国、韓国などは強く反発し、国際社会では北朝鮮の核・ミサイル開発に対する警戒がさらに高まりました。同年9月には国連安全保障理事会でも北朝鮮の核実験をめぐる対応が協議され、国際的な緊張が一段と高まることになります。

北朝鮮の核実験 (2016年9月) – Wikipedia

2021年(令和3年)9月1日~9月10日の出来事

【国内】菅義偉首相、総裁選への不出馬を表明

2021年9月3日、菅義偉首相は自民党の臨時役員会で、同月17日に告示される自民党総裁選挙に立候補しない意向を表明しました。菅首相は「新型コロナ対策に専念したい」と説明し、総裁選への出馬と新型コロナ対策を両立することは難しいと判断したとしています。

菅首相は2020年9月、安倍晋三首相の辞任を受けて自民党総裁に選出され、同月16日に第99代内閣総理大臣に就任しました。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中での政権運営となり、感染対策や東京オリンピック・パラリンピックの開催など、難しい課題への対応を迫られていました。

2021年9月当時は新型コロナウイルスの「第5波」による感染拡大が続いており、菅首相は総裁選への活動とコロナ対策を同時に進めることはできないと判断しました。表明後には予定していた党役員人事・内閣改造も見送られることになり、事実上の退陣表明として受け止められました。

その後の自民党総裁選では、岸田文雄氏、河野太郎氏、高市早苗氏、野田聖子氏らが立候補し、9月29日に岸田文雄氏が新総裁に選出されました。菅首相は10月4日に内閣総辞職を行い、在職期間384日で政権を終えることになります。

菅義偉 – Wikipedia

【国際】エルサルバドル、ビットコインを世界で初めて法定通貨に

2021年9月7日、中米のエルサルバドルで、暗号資産(仮想通貨)のビットコインが法定通貨として正式に導入されました。ビットコインを法定通貨として認めた国は世界で初めてで、金融や暗号資産の歴史における大きな転換点となりました。

この政策を推進したのが、当時のナジブ・ブケレ大統領です。エルサルバドルでは、それまで米ドルが法定通貨として使われていましたが、ビットコインを加えることで、海外からの送金をより効率化したり、銀行口座を持たない人々の金融サービスへのアクセスを広げたりすることなどが期待されました。なお、ビットコイン導入後も米ドルは引き続き法定通貨として使用されました。

政府はビットコインの利用を広げるため、専用のデジタルウォレット「Chivo(チボ)」を導入しました。利用者はスマートフォンからビットコインや米ドルを管理でき、新規登録者には30ドル相当のビットコインが提供されました。また、ビットコインを受け取った場合でも、希望すれば米ドルへ換金できる仕組みが用意されていました。

一方、導入初日からシステム上の問題なども発生し、ビットコイン価格も大きく変動しました。政府による先進的な取り組みに注目が集まる一方、国内では政策への反対意見もあり、世界でも「国家が暗号資産を法定通貨として採用する」という異例の試みとして大きな議論を呼びました。

エルサルバドルの決断は、その後の各国における暗号資産政策を考えるうえでも注目される出来事となりました。

エルサルバドル – Wikipedia

コメント

タイトルとURLをコピーしました