過去のこの期間、世の中では何が起きていたのでしょうか?20年前・15年前・10年前・5年前の出来事を振り返ってみます。日々のニュースと照らし合わせることで、過去の出来事が現在にどのようにつながっているのかを振り返ります。
2006年(平成18年)8月21日~8月31日の出来事
【国際】冥王星が「惑星」から除外される
2006年8月24日、チェコのプラハで開催されていた国際天文学連合(IAU)の総会において、太陽系の「惑星」に関する新たな定義が採択されました。決議の結果、1930年の発見以来「第9惑星」として親しまれてきた冥王星(Pluto)が惑星の分類から外れ、新設されたカテゴリーである「準惑星(dwarf planet)」へ変更されることになりました。
議論の背景には、1990年代以降の観測技術の向上により、海王星の外側に広がる太陽系外縁天体が相次いで発見されたことがあります。2005年には、後に「エリス」と命名される天体が発見され、冥王星と同程度の大きさを持つ天体の存在が明らかになりました。こうした発見を受け、冥王星のみを例外的に惑星として分類し続けることの妥当性について議論が進みました。
総会で採択された定義では、太陽系の惑星を「①太陽の周りを公転している」「②自らの重力で球形を保っている」「③その軌道周辺を力学的に支配している」という3つの条件を満たす天体と規定しました。冥王星は①と②を満たすものの、海王星以遠の天体が多数存在する領域に位置しているため、③の条件を満たさないと判断されました。
この決定により、太陽系の惑星は「水・金・地・火・木・土・天・海」の8個となり、長年定着していた「水金地火木土天海冥」が改められました。科学的知見の更新に伴い、世界各国の教科書や図鑑の記述、プラネタリウムの展示などの変更対応が進められるなど、教育現場や社会的な認識のアップデートを促す出来事となりました。

【国内】福岡海の中道大橋飲酒運転事故が発生
2006年8月25日午後10時48分頃、福岡市東区の海の中道大橋において、飲酒運転の乗用車が前方を走行していた家族5人が乗った乗用車に追突する事故が発生しました。追突された車は欄干を突き破って約14メートル下の海へ転落し、車内に取り残された幼い兄弟3人(当時4歳、3歳、1歳)が溺死する事態となりました。
事故を起こした男は福岡市職員で、飲酒の影響により正常な運転が困難な状態で時速約100キロの猛スピードで走行し、追突後も負傷者の救護を行わずにその場から逃走を図りました。その後、水を大量に飲んでアルコール発覚を免れようとするなど悪質な対応を見せた末に逮捕されました。
この事案に対し、福岡地裁の第一審では危険運転致死傷罪の成立は認められず、業務上過失致死傷罪や道路交通法違反などで有罪とされました。しかし、福岡高裁の控訴審では危険運転致死傷罪の成立を認定して懲役20年を言い渡し、2011年10月に最高裁が上告を棄却したことで判決が確定しました。事故は飲酒運転の危険性を改めて社会に認識させ、飲酒運転の防止や法制度をめぐる議論につながりました。
この事故を契機として、2007年には道路交通法が改正され、飲酒運転に対する罰則の強化に加え、車両の提供者や酒類の提供者、同乗者に対する処罰規定が新たに整備されました。さらに、刑法改正による自動車運転過失致死傷罪の新設など、法制度面での整備が急速に進むこととなりました。現在も各地で実施されている「飲酒運転撲滅運動」の原点となり、車社会における法規範と社会的責任のあり方を改めて見直すきっかけとなった事故です。

2011年(平成23年)8月21日~8月31日の出来事
【国内】島田紳助さんが芸能界引退を発表
2011年8月23日夜、タレントの島田紳助さんが東京都内で緊急記者会見を開き、同日限りでの芸能界からの引退を発表しました。
会見において吉本興業は、暴力団関係者との一定の親密さをうかがわせるメールのやり取りが確認されたことを公表。コンプライアンス上問題があるとの判断に対して、島田さん本人が芸能活動を引退する意向を申し出たことで、同日付で芸能界を引退しました。
当時、島田さんは『行列のできる法律相談所』『開運!なんでも鑑定団』『クイズ!ヘキサゴンII』など多くの人気バラエティ番組でメイン司会を務め、テレビ業界のヒットメーカーとして活動していました。多数のテレビ番組で司会を務めていた島田さんの突然の引退は、テレビ番組の編成や芸能界にも影響を与えました。
この出来事は、放送業界および芸能事務所におけるコンプライアンス意識の徹底や、反社会的勢力との関係遮断を厳格化させる大きな契機となりました。
【国内】菅直人首相が辞任を正式表明、民主党代表選で野田佳彦氏が勝利
2011年8月26日、菅直人首相(当時)は民主党役員会において、党代表および内閣総理大臣を辞任することを正式に表明しました。これを受け、8月29日に実施された民主党代表選挙で野田佳彦財務相(当時)が新代表に選出され、次期首相に就任することが決まりました。
菅首相は2011年3月に発生した東日本大震災および福島第一原子力発電所事故への対応にあたっていましたが、政権運営や震災対応をめぐり与野党双方から批判を受け、6月に「震災対応に一定のメドがついた段階で辞任する」との意向を示していました。その後、「特例公債法案の成立」「再生可能エネルギー特別措置法案の成立」「2011年度第2次補正予算の成立」を辞任の条件として掲げ、8月26日にそれらの法案が国会で成立したことを受けて正式に退陣を表明しました。
菅首相の辞任表明に伴い実施された8月29日の民主党代表選には、野田佳彦氏、海江田万里氏、前原誠司氏、鹿野道彦氏、馬淵澄夫氏の5名が立候補しました。1回目の投票では海江田氏が首位、野田氏が2位となり、いずれも過半数に達しなかったため上位2名による決選投票が行われました。決選投票の結果、野田氏が215票を獲得し、177票だった海江田氏を上回って第9代民主党代表に選出されました。
代表選を制した野田氏は、翌8月30日の衆参両院本会議での指名決定を経て、9月2日に第95代内閣総理大臣に就任しました。野田内閣は、東日本大震災からの復興推進、原発事故の収束に向けた対応、ならびに消費税率引き上げを中心とする社会保障・税一体改革を最優先課題として政権運営を進めることとなりました。

2016年(平成28年)8月21日~8月31日の出来事
【国際】リオデジャネイロオリンピックが閉幕
2016年8月21日(現地時間)、17日間にわたり開催された第31回夏季オリンピック(リオデジャネイロオリンピック)が閉幕しました。南米で初めて開催された今大会には、200を超える国・地域の選手に加え、初めて結成された難民選手団も参加しました。
日本代表選手団は、競泳、体操、レスリング、陸上などの多様な種目で好成績を収めました。最終的に獲得したメダル数は金12個、銀8個、銅21個の計41個となり、当時の過去最多記録を更新する結果を残しました。
マラカナンスタジアムで行われた閉会式では、次回2020年開催地である東京へのオリンピック旗引き継ぎ式(フラッグハンドオーバーセレモニー)が実施され、映像とステージを組み合わせたパフォーマンスの締めに、安倍晋三首相(当時)がマリオに扮して登場する演出が行われました。
現地治安への懸念を抱えながら始まった大会でしたが、競技面での実績を残して幕を閉じ、次回開催地となる東京への引き継ぎを象徴する行事となりました。

【国内】台風10号が異例の経路で岩手県大船渡市付近に上陸
2016年8月30日夕方、台風10号が岩手県大船渡市付近に上陸しました。1951年の統計開始以来、台風が東北地方の太平洋側に直接上陸した事例は観測史上初めての出来事となりました。
台風10号は日本の南東海上を南西方向へ進んだ後、小笠原諸島付近で停滞・旋回して北東へ進路を変えるという異例の複雑な経路を辿りました。北上とともに発達を強めた台風は、岩手県に上陸した時点で中心気圧965ヘクトパスカル、最大風速35メートルを記録しました。
この台風の影響により、岩手県や北海道を中心に記録的な大雨となりました。岩手県岩泉町では小本川が氾濫し、高齢者グループホームの入所者9名が犠牲となるなど深刻な被害が発生しました。また、北海道でも各河川の決壊や橋梁の流失、大規模な冠水被害が相次ぎ、農地や道路・鉄道網などのインフラに著しい影響を及ぼしました。

2021年(令和3年)8月21日~8月31日の出来事
【国内】全国フェミ議連によるVTuber啓発動画への公開質問状と波紋
2021年8月26日、全国フェミニスト議員連盟は、千葉県警などが交通安全啓発動画に松戸市のご当地VTuber「戸定梨香」を起用したことについて、抗議および公開質問状を提出しました。質問状では、キャラクターの衣装や表現について問題を提起し、公的機関が制作する啓発動画として適切かどうかを問い、対応を求めました。
その後、千葉県警は動画を非公開としました。この対応をめぐっては、インターネット上で、公的機関における表現への配慮やジェンダー表現を重視する意見がある一方で、この対応に対しては、キャラクターを演じる女性や制作に関わる人々の活動機会を狭めることになるのではないかという批判も出ました。特に、女性の権利や活躍を掲げる団体による抗議が、結果として女性が関わる表現活動や仕事の機会を失わせることにつながったのではないか、という指摘もありました。
【国際】米軍がアフガニスタンからの完全撤退を完了
2021年8月30日(現地時間)、米軍の最後の輸送機が首都カブールのハーミド・カルザイ国際空港を離陸し、アフガニスタンからの完全撤退を完了しました。これにより、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件を契機に始まった米国軍事史上最長となる、約20年間のアフガニスタン戦争が終結しました。
ジョー・バイデン米大統領が提示した8月31日の撤退期限を前に実施された最終オペレーションでは、過激派組織によるテロ攻撃や現地情勢の悪化に伴う混乱のなか、米国民や現地協力者らの退避支援が行われました。撤退の過程では、米国民やアフガニスタン人協力者らの退避が進められました。一方で、撤退期限までに退避できなかった人々が残されたことや、タリバンが急速に全土を掌握した経緯をめぐっては、米国内外で議論が続きました。
米軍の撤退に伴い、アフガニスタンではイスラム主義組織タリバンが実権を握り、「独立達成」を主張して新体制の構築を進めました。一方、米国側は駐カブール大使館の機能を一時停止し、軍事介入から外交的・人道的なアプローチへと関与の態勢を移行させる方針を示しました。
米軍の撤退は、約20年にわたるアフガニスタンへの軍事介入の終了を示す出来事となりました。その後のアフガニスタン情勢や米国の外交・安全保障政策をめぐる議論にもつながっています。

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