「酒は百薬の長、されど万病の元」——。
お酒を正当化する人と、止める人、それぞれが持ち出す慣用句です。
まるで「万能薬」と「毒薬」が同居しているようなこの矛盾。
いったい、誰がこんな二面性のある言葉を作ったのでしょうか?
この有名なフレーズを読み解いてみましょう。
「酒は百薬の長」は中国由来
この言葉の“前半部分”は、中国の歴史書『漢書(かんじょ)』に登場します。
紀元1世紀ごろに編まれた『漢書 食貨志(しょくかし)』の中に、
新の皇帝・王莽(おうもう)の詔文(しょうもん)として、次のような一節があります。
夫鹽食肴之將、酒百藥之長、嘉會之好。鐵田農之本、名山大澤饒衍之臧。
(現代訳:塩は食物や料理の主要な調味料であり、酒はあらゆる薬の中で最も優れており、めでたい集まりには欠かせないものである。鉄は田畑を耕すための農具の根本であり、名山や大沢は豊かで豊富な蓄えの源である。)
王莽は「塩・酒・鉄」を国の大事な産業であり、専売にすべきと説きました。
お酒をほめているようで、今風にいえば「政府広報でPRしてた」という感じですね。
「酒は健康にいい!」というフレーズが登場した最初の背景が、経済政策の一環だったのです。
「されど万病の元」は日本で生まれた警句
ところが、この“お酒礼賛”のフレーズにブレーキをかけたのが日本の兼好法師です。
『徒然草』第175段には、こう書かれています。
百薬の長とはいへど、万の病は酒よりこそ起れ。
(酒は百薬の長とは言うが、あらゆる病は酒から起こるのだ。)
まさに「されど万病の元」そのもの。
兼好はさらに続けて、酔った人間は理性を失い、善行を焼き払い、地獄に堕ちる——とまで言い切ります。これは、仏道に帰依した隠者として、世俗の欲望と無常を戒める兼好ならではの強い警句です。
二つの言葉が合体して「名言」になった
「酒は百薬の長」は中国の王莽の言葉。
「万病の元」は日本の兼好法師の戒め。
この二つが時代と海を超えて結びつき、
「酒は百薬の長、されど万病の元」という“ハイブリッド名言”が誕生しました。
現代医学の視点から見た「百薬と万病」
現代の医学ではどうでしょうか。
かつては「少量の飲酒は血行を促進し、健康に良い」と言われましたが、
近年の研究では「飲酒に安全な量はない」という見解が主流になっています。
WHO(世界保健機関)や厚生労働省も、「飲酒による健康リスクを完全に打ち消す“適量”は存在しない」と警告しています。特に、少量であっても、食道がんや乳がんなどの特定のがんリスクを増大させるという見解が主流です。
つまり、古代の王莽の時代から2000年を経て、
ようやく私たちは兼好法師の言葉に追いついたのかもしれません。
まとめ
「酒は百薬の長」と「されど万病の元」。
この二つのフレーズは、相反するようでいて実は一つの真理を語っています。
過ぎたるは及ばざるがごとし。
それは古代中国でも、日本の中世でも、そして現代の私たちにも通じる教訓です。
次の朝、後悔しないためにもお酒をたしなむなら、賢く、上品に、そして“ほどほどに”。



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