2012年1月、掲示板にひっそりと貼られた一枚の画像から「Cicada 3301」が始まりました。暗号、ステガノグラフィー、文学引用、現実世界のポスター設置を組み合わせた一連の謎は、世界中の暗号愛好者やハッカー、好奇心に駆られた一般の人々を一気に惹きつけました。
目的は「知能の高い人物のリクルート」と示唆されましたが、正体は未だ明らかになっていません。

By https://www.washingtontimes.com/news/2013/nov/26/secret-society-seeks-worlds-smartest-cicada-3301-r/, Fair use, Link
大まかな年表
- 2012年1月4日:最初の「招待状」画像が4chanに投稿され、オンラインでの謎解きが始まりました。画像の中には北欧詩や数学的ヒント、ステガノグラフィーの痕跡が見つかりました。
- 2013年1月4日:二回目の大規模イベントが行われ、前年を超える難度の問題や世界各地に貼られた紙媒体のポスターなど、オンラインとオフラインを跨いだ証拠収集が行われました。複数の参加者が「勝者」とされ招待されたと報告されています。
- 2014年1月4日:三回目の更新が提示されました。以降、2015年には大規模な新作は出ず、断続的に署名入りメッセージや短い手がかりが出現しました。2017年4月の署名付きメッセージが最後の検証済み発言とされています。
- 2024年以降:2024年ごろから「Cicada3301」を名乗るランサムウェア/サイバー犯罪グループが観測されています。元のパズル組織と直接の関連を示す証拠はないものの、名前の借用が混乱を招いています。
パズルの特徴
Cicadaの謎は単なる暗号解読に留まりません。典型的な要素は次の通りです。
- 暗号学的要素:公開鍵暗号(OpenPGP署名の使用)や古典暗号(シーザーやヴィジュネル)、さらにはモダンなハッシュや16進データの解釈などが用いられました。
- ステガノグラフィー:画像や音声に隠されたメッセージが多用され、ファイルのビット列解析やLSB(最下位ビット)読み出しなど、専門ツールを要する場合もありました。
- 現実世界(アウトオブバンド)検証:特に2013年には世界各地の掲示物の写真確認が必要になり、オンライン謎解きに現地調査が加わることでARG(代替現実ゲーム)的な側面が生まれました。
- 学術・文学引用:詩や古典書物、哲学的引用が手がかりとして使われ、解読には文学的教養が有利に働くこともありました。
これらの組み合わせが「難しいけれど解けば道が拓ける」構造を作り、個人とチームでの協業を促しました。
「勝者」とその後
2013年の回では、解答に到達したとされる個人や少人数のグループが招待されたと報告されています。一部の当事者は匿名で体験談や断片を公開していますが、外部から確認できる「組織の正体」や最終的な目的は明確ではありません。参加者の一人は、参加者に対して情報の自由やプライバシーに関する立場を問うような面接的な問いかけがあったと証言しています。
目的の有力な仮説
Cicadaの目的を巡っては複数の説が存在します。
(A) 諜報機関のリクルート説
主張:NSA(アメリカ国家安全保障局)やその他の情報機関が「暗号に強い人材」をこっそりスカウトするために行ったという説です。
根拠:高度な暗号的知識を必要とする点や匿名性を重視する設問、実地での身元確認に近い手法などが指摘されています。
反論:公式に確認できる証拠はありませんし、情報機関であればより直接的な採用ルートを使う可能性も考えられます。
(B) ARG(代替現実ゲーム)説
主張:大規模なアートプロジェクトまたはARGだったという説です。
根拠:謎解きのデザインや参加者コミュニティの形成、解けた後に何らかのクリエイティブなプロジェクトを促すような指示があったとする報告があり、この説で説明が付きやすい側面があります。
(C) 秘密結社説
主張:イデオロギー的団体が信者を選別するために使ったという説です。
根拠/反論:こうした主張をする人はいるものの、宗教的・イデオロギー的傾向を示す決定的な証拠は乏しいです。
文化的影響とメディア化
Cicadaの魅力は、単独のプレイヤーだけでなく、世界中の掲示板、GitHub、Discord、フォーラムで知識を持ち寄り、分業して課題を解いた点にあります。多くの解法がオープンで共有され、ステガノ解析ツールや暗号ライブラリ、地理情報照合など専門ツールが活用されました。DEF CONなどのカンファレンスで解析発表が行われ、暗号コミュニティにとっては学びの場ともなりました。
また、そのミステリー性からテレビドラマ、映画、小説、ゲームの題材になっています。米軍や他組織が類似の暗号チャレンジを出した例や、テレビ番組がCicadaに触発された事例も見られ、謎の影響力は現在も続いています。
近年の「名前の借用」とリスク
重要な最新トピックとして、「Cicada3301」という名称を用いるサイバー犯罪者(ランサムウェア運営)」の出現があります。2024年ごろからこの名称を用いるランサムウェア・グループが観測され、複数の被害が報告されています。
元パズル団体とは無関係である可能性が高いですが、ネット上のブランド(名前)を悪用する典型例であり、混同すると誤情報や不当な恐怖を招きます。被害対策や脅威インテリジェンスについては信頼できるセキュリティレポートを参照してください。
未解決の問い――まだ残る謎
- 組織の正体:公式に確認できる実体(国家、企業、個人)は特定されていません。
- 最終目的:単なる知的好奇心なのか、採用や思想の拡大か、それとも別の目的があったのかは不明です。
- 2014年以降の断続的活動の意味:断続的に署名やメッセージが出た事例がありますが、その真偽の判定は難しいです。
まとめ
Cicada 3301は単なるネットミームや難問の集合体ではありません。暗号、検証、共同作業、匿名性、そして現実世界との接続を同時に刺激した出来事でした。
正体が分からないこと自体が魅力であり、解釈の余地を残しています。一方で、近年は同名を名乗る悪意ある活動が見られるため、追及には慎重さが求められます。



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