「たった一人の顧客の声が、巨大企業を揺るがす――」
いまではSNSでの企業炎上は日常茶飯事ですが、その“原点の一つ”として語り継がれる出来事があります。
2009年、カナダのミュージシャンがYouTubeにアップした一本のミュージックビデオが、世界的大企業に打撃を与えた伝説の復讐劇、「United Breaks Guitars」です。
悪夢のはじまり
発端は2008年3月、Sons of Maxwellのボーカル、デイヴ・キャロル(Dave Carroll)のユナイテッド航空でのフライトでした。
ハリファックス発〜シカゴ・オヘア経由でオマハへ向かう途中、手荷物係がギターを乱暴に扱うのを目撃したといいます。キャロルの所持していたテイラー製ギターは約3,500ドル相当で、到着後に確認するとボディが大きく割れていました。修理費は約1,200ドル相当とされています。
その後の交渉は担当部署をたらい回しにされ、約9か月に渡って電話やメールでやり取りしたものの、航空会社側は最終的に「申告期限を過ぎている」と補償を拒否しました。
逆転の発想 — 訴訟ではなく「歌」で反撃
そこでキャロルが取った手段は自分の「得意技」を使うことでした。
彼はこの体験をコミカルで皮肉の効いたカントリーソングに仕立て、“United Breaks Guitars”という曲とプロモーションビデオを制作。2009年7月6日にYouTubeへ公開しました。
動画は瞬く間に拡散
動画は公開直後から急速に広まりました。初日で約15万回、数日で50万回、その後さらに数百万回と再生が伸び、メディアが取り上げることで一気に注目を集めました。
一部報道では、動画公開から約4週間でユナイテッド航空の株価が約10%下落し、時価総額ベースで約1億8,000万ドルが消えたと伝えられました。
その後の対応と結果
炎上を受けて、ユナイテッド航空はキャロルへ連絡を取り、修理費の補償を提案しました。
ユナイテッド側の補償提案は、動画が拡散して注目を浴びた後にようやく提示されたものでした。キャロルは「時既に遅し」と判断し、個人の補償金を受け取ることを拒否。謝罪と制度的な改善を求め、ユナイテッドは代わりに約3,000ドルを音楽関連の教育団体へ寄付したと伝えられています。
一方で、アコースティックギターメーカーのテイラー・ギターは、創設者ボブ・テイラー自らがキャロルを支援。新しいギターの提供や工場見学を案内するなど、迅速かつ前向きな対応を取りました。この動きは「炎上時の模範的なブランド対応」としてよく引用されています。
まとめ
「United Breaks Guitars」は、単なる珍事ではなく、“企業と顧客の力関係が逆転する瞬間”を象徴する事件です。
- 個人の声の力 — 個人の発信が企業にとって重大なリスクになり得ることを示した。
- ユーモアとクリエイティブの威力 — 怒り一辺倒ではなく、エンタメとして仕立てたことが共感を呼び、拡散力を高めた。
- 初期対応の重要性 — 早期に誠実に対応していれば、1,200ドル程度の問題で済んだかもしれない。対応の不誠実さがブランド毀損につながる典型例となった。
サービスを提供する側も、受ける側も、トラブルが起きた際は教訓としてもらいたい事件です。
結局は、誠実さが最大のリスク管理なのです。



コメント