1メートルはどうやって決まったのか?

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私たちが日常的に使っている「メートル」という単位の誕生は、18世紀末のフランス革命期にさかのぼります。
当時のヨーロッパでは、地域ごとに異なる単位が乱立しており、「長さの基準」が場所によって異なるという混乱が生じていました。

こうした状況を解決するために必要とされたのが、「普遍的な単位」でした。


地球を基準にした定義

フランスの科学者たちは、地球そのものを基準にするという発想を採用しました。
具体的には、赤道から北極までの子午線の長さ(地球の4分の1周)を測定し、その1,000万分の1を1メートルと定義したのです。

この測量は18世紀末に行われ、非常に困難な作業でした。
戦争や政治的混乱の中で、フランスからスペインにかけての長距離測量が実施され、最終的に得られたパリ子午線(ダンケルク〜バルセロナ)のデータを元にした推定値が決定されます。

1799年には、その定義を具体化するために白金製の「メートル原器」が作られました。
この原器は、摂氏0℃の条件下で両端の距離が正確に1メートルとなるよう設計され、国際的な基準として各国へ配布されます。

さらに1889年、第1回国際度量衡総会においてこの原器が正式な国際標準として採用され、複製が各国に配布されました。
日本もこの枠組みに参加し「原器No.22」を受け取っており、現在は国立研究開発法人産業技術総合研究所(AIST)に保管されています。


原子による定義へ

しかし、金属で作られた原器には本質的な問題がありました。

どれほど精密に作られていても、金属は温度や経年変化の影響を受けます。
つまり、「完全に不変な基準」にはなり得なかったのです。

科学技術が進歩するにつれ、より安定した基準が求められるようになりました。
そこで注目されたのが「原子」です。

1960年、メートルはクリプトン86という原子が放つ光の波長を基準に再定義されました。

1メートル = クリプトン86の特定のスペクトル線の波長の1,650,763.73倍

この定義は、それまでの「物体による基準」から「自然現象による基準」への大きな転換を意味します。原子の性質は場所や時間に依存しないため、理論上はどこでも同じ基準を再現できるようになりました。


光速度による現代の定義

そして1983年、メートルの定義はさらに洗練されます。

第17回国際度量衡総会において、メートルは次のように定義されました。

1メートル = 真空中で光が1秒間に進む距離の1/299,792,458

ここで重要なのは、「光の速度」がすでに物理定数として固定された値である点です。
つまりメートルは、宇宙の法則そのものに基づく単位へと進化したのです。

この定義により、測定精度は飛躍的に向上し、ナノメートルやピコメートルといった極めて微細なスケールでも正確な計測が可能になりました。

ちなみに、原子による定義も光による定義も、それまでの「1メートル」と長さが変わらないよう慎重に整合性が保たれています。18世紀に地球の測量から決まった「メートル原器」の長さを、最新の科学技術でいかに正確に再現するかを追求した結果、現在のような非常に細かく中途半端な係数になっているのです。


メートル以前の日本の単位

メートル法が普及する以前、日本では「尺貫法」と呼ばれる独自の単位系が使われていました。

これは東アジアに起源を持つ制度で、長さの「尺」、質量の「貫」、体積の「升」などを基本としています。その歴史は古く、701年の大宝律令の時代にはすでに統一の試みが行われていました。

しかし、長い年月の中で地域差や時代差が生じ、同じ単位でも微妙に値が異なるという問題が発生します。

豊臣秀吉や江戸幕府が統一を試みますが完全には至らず、明治時代に入ってから近代国家としての制度整備が求められるようになりました。

日本におけるメートル法導入

明治政府は西洋の科学技術を取り入れる中で、国際標準であるメートル法の導入を進めます。

1885年、日本はメートル条約に加盟。
翌年には条約が公布され、国際的な計量体系への参加を果たしました。

ただし、当時の日本社会では依然として尺貫法が深く根付いていたため、急激な切り替えは現実的ではありませんでした。

そのため1891年の度量衡法では、

  • 尺貫法を維持しつつ
  • メートル法も公認する

という「併用体制」が採用されます。

このとき、1尺 = 33分の10メートル(約30.3cm)で再定義され、伝統単位と近代単位が接続される構造が生まれました。

完全移行までの長い道のり

1921年の法改正では、メートル法が正式な基準として位置づけられますが、それでも旧単位はすぐには消えませんでした。

実際には、戦前から戦後にかけても

  • 身長は尺・寸
  • 体重は貫・匁
  • 靴は寸

といった表記が一般的に使われ続けていました。

完全な転換が実現したのは戦後です。

1951年に新しい計量法が制定され、1959年にはメートル法の使用が原則義務化されます。
さらに1966年には、取引や証明の場面でも完全にメートル法へ移行しました。

この結果、日本の公式な単位体系は完全に国際標準へ統一され、尺貫法は慣用表現として一部に残るのみとなります。


メートル法がもたらした本質的な価値

メートル法の導入は、単なる単位の変更ではありませんでした。

単位が統一されることで、

  • 国際貿易の公平性が確保される
  • 科学実験の再現性が向上する
  • 技術開発の効率が高まる

といった効果が生まれました。

かつては、地域によって「同じ1升でも容量が違う」という問題が存在し、税や取引の不公平につながることもありました。こうした混乱を解消するために、世界共通の単位が必要とされたのです。

現在の国際単位系(SI)は、こうした歴史の積み重ねの上に成立しています。


精密な定義を裏切る「人為的ミス」

メートルの定義がどれほど精密になっても、それを扱う現場で「長さ」を軽視すれば、取り返しのつかない事態を招きます。

「1ミリ」の油断が招いた、ハッブル望遠鏡の悲劇

1990年に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡は、当初、画像がぼやけるという致命的な欠陥を抱えていました。調査の結果、原因は主鏡を削る際の測定器の組み立てミスでした。測定器内のレンズの位置が、本来とは僅かに異なる位置に取り付けられていたのです。

ズレに気付いた技術者が、測って正しく設置し直すのではなくワッシャー(隙間埋めの金具)を挟んで無理やり固定してしまった結果、鏡は設計より2.2マイクロメートル(髪の毛の50分の1)歪んで削られてしまったのです。

この極微細な「長さのズレ」を修正するために、数年後、宇宙飛行士が宇宙空間で補正レンズを取り付けるという、巨額の費用をかけた修理作戦が必要となりました。

単位が同じでも防げなかった27cmの差

単位をメートルに統一していても、その「基準」が異なれば重大な事故を招きかねません。

2003年、ドイツとスイスを結ぶ橋の建設で、両岸からの高さが54cmもズレるという事件が起きました。
ドイツは「北海」、スイスは「地中海」を標高の基準(0メートル)としており、両者にはもともと27cmの差がありましが、計画段階でこれを修正する際に逆向きの補正をかけるミスが起きてしまったのです。

この事例は、単に「メートルを使う」だけでなく、測量の起点まで世界で統一することの重要性を物語っています。


まとめ

現在のメートルは、形のある「もの」ではなく、宇宙の普遍的なルールである「光の速さ」を基準に定められています。
その定義は時代とともに、「地球」から「自然現象」、そして「宇宙の法則」へと段階的に洗練されてきました。

定義の時代基準のものメリットデメリット(課題)
1799年〜地球・メートル原器初めて「普遍性」を目指した測量誤差があり、原器自体が摩耗・変形する
1960年〜原子(クリプトン86)どこでも同じ基準が再現できる測定の精度に限界があり、さらに高精度な基準が必要になった
1983年〜光速度(現代)宇宙の普遍的な物理法則に基づく1秒の定義(時間)に精度が依存する

そして日本もまた、伝統的な「尺貫法」から、合理的で国際的に通用する「メートル法」へ、およそ100年をかけて移行しました。これは単なる単位の変更ではなく、世界と対等に向き合うための近代化の一環でもありました。

共通の「ものさし」を持つことは、科学技術や国際社会において不可欠な基盤であり、メートルという単位はその象徴とも言える存在なのです。

メートルとは単なる長さの単位ではなく、人類が世界を共通の基準で理解しようとした試みの結晶とも言えるでしょう。


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