過去のこの週、世の中では何が起きていたのでしょうか?20年前・15年前・10年前・5年前の出来事を振り返ってみます。日々のニュースと照らし合わせて、過去の出来事がどのように現在につながっているのか見えてくるかもしれません。
2005年(平成17年)7月6日〜7月12日の出来事
【国際】ロンドン同時爆弾テロが発生
2005年7月7日、イギリスの首都ロンドンで同時多発的な爆弾テロが発生しました。この事件は、朝の通勤時間帯に地下鉄3路線と路線バスを狙って実行されたもので、計4か所で爆発が起きました。
このテロにより、52人が死亡し、700人以上が負傷するという大惨事となりました。実行犯4人も自爆により死亡しており、事件の直後にはイスラム過激派による犯行声明が出されました。
この日は前日(7月6日)にロンドンが2012年夏季オリンピックの開催地に選ばれたばかりで、喜びのムードに包まれていた矢先の出来事でした。市民の間に大きな衝撃と不安が広がり、ロンドン市内では交通が麻痺し、警戒態勢が強化されました。
このテロ事件は、9.11アメリカ同時多発テロ以来、ヨーロッパ都市で発生した最大規模のテロとされ、イギリス国内外で対テロ政策の見直しが進められる契機となりました。また、市民の間でも「日常の中に潜むテロの恐怖」を強く意識するようになりました。
2010年(平成22年)7月6日〜7月12日の出来事
【国内】大相撲中継、NHKが賭博問題で放送中止
2010年7月6日、日本の伝統競技である大相撲に激震が走りました。NHKはこの日から始まった名古屋場所のテレビ中継を休止すると発表しました。これは、当時発覚した角界の野球賭博問題を受けての対応でした。(2010年9月12日の秋場所から放送再開)
このスキャンダルでは、複数の力士や親方が暴力団関係者とつながり、違法な賭博に関与していたとされ、社会的にも大きな問題となっていました。公共放送であるNHKは、視聴者からの信頼を重視し、異例ともいえる中継の中止という決断を下したのです。
通常であれば全国放送されるはずの本場所の取り組みが中継されなかったことで、相撲ファンの間には落胆とともに、角界の体質に対する厳しい声が相次ぎました。この事態は、相撲界に対する信頼の低下を招いただけでなく、スポーツと暴力団の関係、さらにはメディアの報道姿勢についても社会的な議論を呼び起こしました。
【国内】第22回参議院選挙で与党が過半数割れ
2010年7月11日、第22回参議院議員通常選挙の投開票が行われました。この選挙は、前年に政権交代を果たした民主党政権にとって初めての国政選挙ということで、国民の注目を集めました。
2009年に民主党が自民党から政権を奪取し、戦後初の本格的な政権交代が実現し、多くの国民は「政治が変わる」「国の方向が良くなる」という期待を抱いていました。
しかし、その後1年で実際には以下のような問題が起こりました
- 政策の混乱(例:普天間基地移設問題)
- 指導力不足への批判
- 消費税増税の唐突な提案
- 経済の停滞感
これらが「理想と現実のギャップ」となり、政権への信頼が揺らぎ、「政権交代したからといって政治がよくなるわけではなかった」という現実が国民に突きつけられました。
選挙結果は、民主党と連立を組んでいた国民新党を合わせても過半数に届かないという厳しい内容となりました。当時の菅直人首相が提唱していた「消費税率引き上げ」などの政策が争点となり、支持率の急落が選挙結果に影響を与えたとされています。
一方、野党である自由民主党は議席を伸ばし、参議院における発言力を強めました。この選挙結果により、民主党政権は「ねじれ国会」と呼ばれる、参議院と衆議院の多数派が異なる状況に直面することとなり、政策運営が難航することが予想されました。
2015年(平成27年)7月6日〜7月12日の出来事
【国内】「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録
2015年7月5日(現地時間)、日本時間だと6日早朝にユネスコの世界遺産委員会は「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」を世界文化遺産として正式に登録しました。これにより、日本の近代化の原動力となった23の構成資産が、世界的な価値を持つ文化遺産として認められました。
この遺産群は、1850年代から1910年頃までのわずか半世紀で、日本が近代産業国家へと成長した歴史的過程を示すものです。構成資産は、鹿児島の旧集成館や、八幡製鉄所、長崎の三菱造船所、軍艦島(端島)炭坑など、九州・山口地方を中心に全国8県にまたがっています。
登録に至る背景には、日本政府の長年にわたる保存・活用の取り組みと、産業遺産の価値を世界に訴える外交努力がありました。特に、19世紀の非欧米地域において、独自に産業化を成し遂げた事例として、その普遍的価値が評価されました。
一方で、この登録には韓国との間に外交的な緊張もありました。一部の施設(例:端島炭坑など)では、戦時中に朝鮮半島出身者が強制労働に従事させられていた歴史があるとして、韓国側が異議を申し立てました。最終的には、日本側が「多くの朝鮮半島出身者が意に反して働かされた」事実を認め、説明することを約束することで、両国は折り合いをつけました。
登録後は、各施設での保存整備や観光資源としての活用が進められ、地域経済の活性化にも貢献しています。同時に、「記憶の継承」と「未来への教訓」という両立が求められる、複雑な歴史遺産としての側面も注目されています。
【国際】中国で人権派弁護士への大規模弾圧
2015年7月9日、中国当局は全国各地で人権派弁護士やその支援者らを一斉に拘束・取り調べました。この一連の弾圧は「709事件」と呼ばれ、事件発生日にちなんで名付けられました。
この事件では、300人以上の法律家・活動家が対象となり、その中には著名な人権派弁護士・王宇(ワン・ユー)氏や周世鋒(ジョウ・シーフォン)氏なども含まれていました。多くの人が「国家政権転覆扇動罪」などの重い罪に問われ、長期拘束や秘密裁判にかけられました。
背景には、中国政府が主導する「法治国家」建設という名目のもとで、急速に拡大していた人権擁護活動への警戒感があったとされています。特に、社会的弱者や宗教関係者の弁護を積極的に担っていた弁護士たちは、「党の統治に挑戦する存在」とみなされたとされます。
その後、多くの関係者が有罪判決を受けたり、出所後も監視・脅迫にさらされたりするなど、事件の影響は現在まで続いています。一部の弁護士は海外へ亡命し、中国国内では沈黙を強いられる状況が続いています。
709事件は、中国における言論・法の自由の制限を象徴する事件として、国際社会からも強い批判を受けました。
2020年(令和2年)7月6日〜7月12日の出来事
【国内】令和2年7月豪雨――記録的災害
2020年7月6日から、九州北部を中心に断続的な激しい雨が続き、福岡県・大分県・佐賀県などで河川の氾濫や土砂崩れが相次ぎました。すでに7月4日から九州南部で被害が広がっていた中、北部でも深刻な災害が発生し、九州全域が広範な水害に見舞われる事態となりました。
背景には、梅雨前線が長期間にわたり停滞したことがあり、短時間に局地的な豪雨が繰り返されたことで、地盤の緩みや水位の急上昇を招きました。筑後川や白川など複数の河川が氾濫し、住宅地への浸水、道路の寸断、農地の冠水といった被害が広がりました。
特に福岡県久留米市や大分県日田市、佐賀県嬉野市などでは、避難指示が発令され、多くの住民が高齢者を中心に自主避難を余儀なくされました。新型コロナウイルスの感染拡大も続いていたことから、避難所では「密」を避ける工夫が求められ、通常とは異なる災害対応が行われました。
7月末までに、全国で死者80人以上、被害総額は1兆円超に達し、気象庁はこの一連の豪雨災害を「令和2年7月豪雨」と命名しました。激甚災害にも指定され、被災地ではインフラの復旧や仮設住宅の整備、農業再建などが進められました。
この豪雨災害は、従来の常識を超える異常気象への備えの重要性を改めて浮き彫りにし、防災・減災のあり方を全国的に見直す契機となりました。
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