世界には領土をめぐる紛争が数多く存在します。しかし、エジプトとスーダンの国境に位置するビル・タウィールは、まったく逆の現象を示しています。この2,060平方キロメートルの土地は、両国が「いらない」と主張する、世界でも極めて稀な「無主地」なのです。
誰も欲しがらない土地、その理由
ビル・タウィールの奇妙な状況を理解するには、紅海沿岸に位置するハライブ・トライアングルの存在を知る必要があります。ハライブ・トライアングルは約20,580平方キロメートルの面積を持ち、豊富な天然資源を含むと考えられている戦略的に重要な地域です。
問題は、イギリス植民地時代に設定された二つの異なる国境線にあります。
上がエジプト、下がスーダン、中央の台形の領域がビル・タウィール、その右の海に面している三角形の領域がハライブ・トライアングルです。
1899年の政治境界線では、ハライブ・トライアングルがスーダン領、ビル・タウィールがエジプト領となります。
1902年の行政境界線では、ハライブ・トライアングルがエジプト領、ビル・タウィールがスーダン領となります。
エジプトは1899年の境界線を、スーダンは1902年の境界線を主張しています。つまり、両国とも「ハライブ・トライアングルが欲しいから、ビル・タウィールは相手にあげる」という立場なのです。
現在、エジプトがハライブ・トライアングルを実効支配しており、2021年時点で27,000人が居住しています。一方、ビル・タウィールはいずれの国も主権を主張していない「テラ・ヌリウス(無主地)」の状態にあると考えられています。
不毛の砂漠?それとも…
この地域は熱帯砂漠気候に分類され、年間の約4分の3の期間で気温が40℃を超え、最も暑い時期には45℃にも達します。地表に水源は存在せず、昼夜の寒暖差は約20℃にも及びます。
しかし、完全な「無人」というわけではありません。
アバブダ族とビシャーリ族の遊牧民が代々この地域を通過・滞在し厳しい環境で生活しています。彼らは遊牧的なスキルと東部砂漠の隠れた井戸についての深い知識により、他の人々が生存できない場所で暮らしているのです。
無法地帯の現実:違法金採掘と武装集団
近年、ビル・タウィールには金鉱床を求めて、違法な採掘キャンプが領土全体に設立されています。
北部スーダンには金鉱床があり、裕福なベドウィンは戦火に見舞われたダルフールから来た労働者を雇用して採掘を行っています。
さらに深刻なのは治安の問題です。採掘者から金を奪い取ろうとする武装集団による襲撃が頻発し、軍事部隊による治安維持も追いついていません。
2019年には、武装した部族民が訪問者を金採掘キャンプに護送し、尋問する事件も発生しました。
「建国」を宣言した人々
この特異な状況を利用して、複数の人物がビル・タウィールで「ミクロネーション」の建国を宣言してきました。
- 2014年:ジェレマイア・ヒートン
バージニア州出身の農夫が娘を王女にするために「北スーダン王国」を宣言。ウォルト・ディズニー・スタジオと映画「北スーダンの王女」の制作契約を結んだと報じられました。
- 2017年:スヤシュ・ディクシット
インド人実業家が「ディクシット王国」を宣言し、国連による承認を要請。砂漠にひまわりの種を植えました。
- 2017年:ドミトリー・ジハレフ
ロシアのDJがトールキンの著書に触発されて「中つ国王国」を宣言。他の主張者たちの訪問を捏造だと非難しました。
- 2021年:ドウェイン・コワード
ロンドンの弁護士が領土を主張し、金採掘者による水銀汚染から領土を保護することを目標に掲げました。
しかし、国連は、国家承認の国際法的基準(安定した人口、効果的な政府、他国による承認)を満たしていないので、ビル・タウィールの正当な統治者としていかなる主張者も認めていません。
アクセスの困難さ
ビル・タウィールは到達が容易ではありません。
エジプトからアクセスする場合、最南端の都市アスワンから出発し、エジプト軍によって制限区域と宣言されている乾燥した広大な土地を通過する必要があります。まず軍の許可を得なければ誰も国境に近づくことはできません。
スーダンからアクセスする場合、首都ハルツームからジープをチャーターし、アブー・ハメドまで行く必要があります。そこから、ほぼ完全に不毛なヌビア砂漠が広がります。
いずれの場合も、武装集団や密輸業者との遭遇のリスクを伴う砂漠への2日間の行程が必要です。
まとめ
エジプトとスーダンの間の領土紛争は植民地時代から存在しており、現在も解決に近づいていません。ハライブ・トライアングルをめぐる対立が続く限り、ビル・タウィールは「誰も欲しがらない土地」であり続けるでしょう。
しかし、忘れてはならないのは、この土地が無主地」かもしれませんが、実際には長い歴史を持つアバブダ族とビシャーリ族の生活圏であるということです。
ビル・タウィールは、国家主権、領土、先住民の権利、資源をめぐる争いなど、現代の国際関係における複雑な問題を象徴する場所として、今後も注目され続けるでしょう。






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