【未解決事件】タマム・シュッド事件とは?DNA解析で判明した1948年の新事実

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1948年12月1日、オーストラリアのアデレードにあるソマートン・ビーチで、一人の男性の遺体が発見されました。この男性は身元を示すものを一切持たず、死因も特定できない謎に満ちた状態で見つかったのです。

75年以上が経過した現在でも、この事件は「タマム・シュッド事件」として世界中のミステリー愛好家や研究者たちの関心を集め続けています。

オーストラリア史上最も謎に満ちたこの事件の詳細、未解決の要因、そして現在までの捜査の進展について紹介します。


謎の男の発見

1948年12月1日の朝、ソマートン・ビーチを散歩していた人々が、防波堤に寄りかかるようにして座った男性の遺体を発見しました。男性は40歳から45歳くらいと推定され、身長約178cmの健康的で引き締まった体格をしていました。

特に印象的だったのは、彼の身なりの良さでした。高品質のスーツを着用し、靴は丁寧に磨かれ、爪も手入れが行き届いていました。

男性は発見場所にちなんで、「ソマートン・マン」と呼称されるようになります。

遺留品の謎

警察が遺体を調べたところ、通常であれば身元特定の手がかりとなるべきものが一切見つかりませんでした。財布、身分証明書、名前の書かれた衣類のタグ、すべてが取り除かれていたのです。

ポケットからは以下の品物が発見されました。

  • アメリカ製のチューインガム(当時のオーストラリアでは珍しいもの)
  • アーミー・クラブ・タバコ(未開封)
  • ブライアント・アンド・メイ社製のマッチ箱
  • アデレード市内のバスチケット
  • アルミニウム製の櫛

これらの品物からも、男性の身元に繋がる情報は得られませんでした。

死因の謎

検視の結果、外傷はなく、病気の兆候も見られませんでした。しかし、心臓と脾臓に異常な充血が認められ、毒物による中毒死の可能性が疑われました。ところが、当時利用可能だった毒物検査では、具体的な毒物を特定することはできなかったのです。


「タマム・シュッド」のメモ

事件発生から約2か月後、遺体の衣服を再調査した際に、驚くべき発見がありました。ズボンの隠しポケットから、小さく切り取られた紙片が見つかったのです。そこには「Tamám Shud」という文字が印刷されていました。

この「タマム・シュッド」は、ペルシャ語で「終わり」や「完了」を意味する言葉でした。そして、この文字は12世紀のペルシャの詩人オマル・ハイヤームの詩集『ルバイヤート』の最終ページから切り取られたものであることが判明しました。

詩集『ルバイヤート』の発見

警察がこの発見を公表すると、アデレード在住の男性が「自分の車の中に、最終ページが切り取られた『ルバイヤート』がある」と名乗り出ました。この詩集は事件の前夜、男性の車のダッシュボードに何者かによって置かれていたというのです。

詩集を調べると、確かに最終ページの「Tamám Shud」の部分が切り取られており、死体から発見された紙片と完全に一致しました。しかし、この詩集にはさらなる謎が隠されていました。

暗号のような文字列

詩集の後ろカバーには、鉛筆で書かれた不可解な文字列が発見されました。

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この文字列は暗号なのか、それとも何か別の意味を持つメモなのか。75年間にわたって多くの暗号解読専門家や研究者が解読を試みましたが、未だに解明されていません。単なる無意味な文字列である可能性も議論されています。

ジェシカ・トムソンという女性

詩集には電話番号も書かれており、それがジェシカ・トムソンという女性の番号であることが判明しました。彼女は看護師として働いており、死体が発見された場所からそれほど遠くないところに住んでいました。

しかし、彼女は警察の取り調べに対して、死体の男性を知らないと証言し、詩集についても関与を否定しました。ただし、後の証言で、彼女が以前『ルバイヤート』の一冊を知り合いの男性に贈ったことがあることが明らかになり、事件との関連が疑われることになりました。


様々な憶測と未解決の要因

スパイ説

1948年は冷戦の始まりの時期であり、オーストラリアも東西対立の影響を受けていました。
この時代背景から、多くの研究者がスパイ説を提唱しています。

スパイ説を支持する要因として以下が挙げられます。

  • 身元を特定できるものが一切取り除かれていた
  • 高品質な身なりと手入れの行き届いた外見
  • 「タマム・シュッド」の暗号のような性質
  • アメリカ製のガムなど、当時珍しい海外製品の所持
  • 詩集に書かれた謎の文字列

この説では、男性はソビエトまたは西側諸国のスパイであり、秘密工作中に毒殺されたのではないかと推測されています。

個人的悲劇説

一方で、より個人的な動機による死であったという説も根強く支持されています。『ルバイヤート』は恋愛詩集としても知られており、「タマム・シュッド(終わり)」という言葉が失恋や人生の終焉を象徴している可能性があります。

ジェシカ・トムソンとの関係も含めて、恋愛関係のもつれや心中未遂、自殺などの可能性が指摘されています。

未解決の理由

この事件が75年間未解決のままである理由は複数あります。

  • 物証の不足: 身元特定に繋がる決定的な証拠がない
  • 科学技術の限界: 当時の法医学技術では解明できない部分が多い
  • 証人の少なさ: 目撃者や関係者の証言が限られている
  • 暗号の解読困難: 詩集の文字列が解読できない
  • 時間の経過: 関係者の多くが既に亡くなっている

事件の調査と新たな展開

遺留品の細部調査では、半分空のアメリカ製チューインガム(Juicy Fruit)や、Army Clubのタバコ箱に別銘柄(Kensitas)が入っていた点、アルミ製の細い櫛や未使用の乗車券などが記録されています。

また、検視では胃の内容物からパスティを食べてから数時間後に死亡した可能性が示され、遺体は1948年12月10日に防腐処置が施されました。近年の再調査では、当時作られた石膏の死の仮面(デスマスク)に残った毛髪を用い、遺伝子系譜学(investigative genetic genealogy)を適用して身元解明が試みられています。

科学技術の進歩

21世紀に入り、DNA鑑定技術の発達により、過去の未解決事件に新たな光が当てられるようになりました。タマム・シュッド事件についても、2021年から本格的なDNA解析が開始されました。

採取された髪の毛のサンプルを基に、男性の身元特定や親族の特定が試みられてきました。しかし、当初は保存状態の問題から、有効なDNA情報の抽出は困難でした。

2023年の大きな進展

2022年から2023年にかけて、アデレード大学の研究チームが最新の遺伝子解析技術を用いて再調査を実施しました。その結果、男性の身元が「カール・ウェブ(Carl Webb)」という人物である可能性が高いことが発表されました。

ウェブは1905年にメルボルンで生まれ、電気技師として働いていたとされる人物です。しかし、この身元特定についても、完全に確定したわけではなく、研究者間でも議論が続いています。

また、研究者の同定報告と捜査機関の公式結論は別であり、最終的な法医学的確定は検視官の判断を待つ必要があります。

残された謎

身元が特定されたとしても、多くの謎は未解決のままです。

  • 死因の特定
  • 「タマム・シュッド」のメモの意味
  • 詩集の暗号文字列の解読
  • ジェシカ・トムソンとの関係
  • なぜソマートン・ビーチにいたのか

まとめ

タマム・シュッド事件は、単なる未解決事件以上の意味を持っています。この事件は、人間の持つ「謎」への根源的な好奇心を刺激し続けており、科学技術の進歩が過去の謎を解き明かす可能性を示す存在となっています。

現在も警察や研究者たちによる調査は続けられており、新たな科学技術の発達により、いつの日かすべての謎が解き明かされる日が来るかもしれません。しかし、たとえそうなったとしても、タマム・シュッド事件が人々の心に残した印象と、ミステリーへの関心を呼び起こした功績は永遠に残り続けることでしょう。


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